東京地方裁判所八王子支部 昭和53年(ヨ)297号 決定 1978年9月22日
債権者 深堀慶一
右訴訟代理人弁護士 渋田幹雄
同 山口達視
同 川口巌
同 原口紘一
債務者 ダイワ精工株式会社
右代表者代表取締役 杉本辰夫
右訴訟代理人弁護士 吉沢貞男
主文
一、債権者が債務者の従業員としての地位を有することを仮に定める。
二、債務者は債権者に対し、昭和五三年三月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二八日限り、金一〇万四九七九円を仮に支払え。
三、申請費用は債務者の負担とする。
理由
第一債権者の申請の趣旨及び理由
(申請の趣旨)
主文同旨
(申請の理由)
一、債務者(以下会社という。)は釣用品の製造販売等を業とする株式会社であり、債権者は昭和五〇年二月二一日会社に雇用された従業員である。
二、会社は昭和五三年二月二八日債権者に対し、北越ダイワ株式会社(以下北越ダイワという。)へ出向すべきことを命じていたにもかかわらず、これに応じなかったとして解雇の意思表示をなし、以来債権者との雇用契約関係の存在を否定して賃金の支払いをしない。
三、しかしながら本件解雇の意思表示は解雇権の濫用または不当労働行為として無効である。
債権者は現在東京三多摩金属労働組合(以下三金労組という。)の青年婦人部長を勤め、三多摩青年合唱団にも所属して活動し、母と二人だけで東京に住む婚約者もいるところ、本件出向には緊急の必要性がなく、特に出向者が債権者でなければならない必要性もないうえ、出向先の北越ダイワは遠隔地であって、同社に赴くことは債権者の右活動及び人間関係に重大な影響を及ぼすことになる。よって本件出向は会社の業務上の必要性に比し、債権者の苦痛、不利益の方が大きいものというべきであるから、出向拒否を理由とする本件解雇は権利の濫用として無効である。
また会社は三金労組の結成時から一貫してこれを嫌悪し、破壊、潰滅させるためあらゆる手段で攻撃をなして来た。本件解雇は債権者が右組合の組合員であるが故になされたものであり、かつ少数化した右組合を更に弱体化させる目的でなされたものであるから労働組合法第七条一号、第三号、民法第九〇条に違反して無効である。
四、賃金
債権者の賃金は解雇前三ヵ月分(昭和五二年一二月から昭和五三年二月まで)を平均すると月額金一〇万四九七九円であり、その支払期日は毎月二八日である。
五、保全の必要性
債権者は賃金以外に収入の途を有しない労働者であって本件解雇後は全く無収入の状況である。従って本案判決の確定を待っていては債権者に回復し難い損害の生ずることが明白であるので、申請の趣旨どおりの仮処分命令を得る必要性がある。
六、債務者の主張する解雇事由は、すべてこれを争う。
第二債務者の答弁並びに主張
(申請の趣旨に対する答弁)
本件申請を却下する。
(申請の理由に対する認否)
一、申請の理由一及び二の事実は認める。
二、同三の事実はいずれも否認する。
三、同四の事実は認める。
四、同五は争う。
(債務者の主張)
会社は債権者に対し、業務上の必要性に基づき昭和五三年二月一日付で北越ダイワへ出向すべき旨を命じたにもかかわらず債権者がこれを拒否し、約一ヵ月に及ぶ会社側の説得にもかかわらず全くこれを聞こうとしなかったため、このような債権者の身勝手な態度を容認したのでは職場秩序の維持が、あやうくなるし、債権者の態度は会社業務に協力しようとの姿勢の欠缺を示すものであるので、同人に対し昭和五三年二月二八日就業規則第一六条第四号を適用して解雇の意思表示をなしたものであるが、右出向命令が適法有効である根拠は次のとおりである。
一、本件出向先である北越ダイワはその成立経過、業務内容、従業員の地位、労働条件などの実状からすれば実質的には会社の販売部門と目すべきであって、会社から北越ダイワへの出向派遣も労働契約上使用者に包括的に委ねられている労務指揮権(人事権)行使の範囲を出るものではなく会社は人事権行使の一環として出向派遣を命ずることができるものである。
二、会社の従業員はすべて出向派遣を会社内における人事異動一般と全く区別せずそのいずれであっても会社の業務命令に従うべきものであると認識し、これに従って来ているのであるから、会社は確立された労使慣行に基づく出向命令権を有している。
三、債権者は昭和五二年二月六日採用面接にあたり、会社に対して配置転換のみならず出向命令に対しても包括的に承諾している。
第三当裁判所の判断
一、申請の理由一、二項については当事者間に争いがない。
二、そこで本件解雇の正当性につき検討する。
(一) 本件各疎明資料によれば次の事実を一応認めることができる。
会社においては、昭和四六年頃から会社(営業所)―特約店(問屋)―小売店という従来の流通機構を抜本的に改革し、全国を九ブロックに分け各ブロックごとに独立した販売会社を設立して、会社―販売会社―小売店という販売ルートいわゆる直販体制の確立を推進した。本件出向先である北越ダイワは昭和四八年四月一一日釣用品、スポーツ用品、レジャー用品の販売及び修理を目的として設立され、会社約三二%、丸紅株式会社約一七%、その他約五一%の資本構成からなる、資本金四五〇〇万の販売会社で、富山市に本店を置き新潟市に営業所をもって新潟県、富山県、石川県、長野県の全域と、山形県、福井県、岐阜県の各一部をその営業区域としている。北越ダイワの役員構成は会社関係の役員(兼任者)と出資している他社関係の役員からなっており、代表取締役には会社の代表取締役副社長が就任している。また北越ダイワの常勤役員は会社に籍を置いた出向社員である。右北越ダイワをはじめとする販売会社の全従業員は現地で採用した者も含めてすべて会社の社員たる身分を保有し、会社から販売会社へ派遣されている出向社員の形式をとっている。販売会社における取扱商品はすべて会社の製品であり、会社の製品はすべて販売会社を経由して販売される。さらに販売会社における基本的な経営計画は会社国内営業部が立案、指示し、その目標達成状況などについても同部で管理し、そのため会社において定期的に販売会社主幹者会議が持たれたりしている。なお北越ダイワの就業規則は就業時間を除き会社のそれと同一であり、就業時間についても、実働、拘束の各時間量は会社のそれと同じに定めているほか、出向者の給与、賞与は会社の基準に基づき北越ダイワが支給することになっている。
会社では昭和五一年から毎年二月と六月に定期異動を行なっているところ、従業員を右販売会社へ出向させる例が多く、昭和四八年以降昭和五二年一二月までの出向発令人員は延五八〇人にのぼり、昭和五二年中におけるそれは五一名であった。また昭和五三年五月末現在における会社営業部(本社勤務)の総人員は四九名にすぎないのに対し、販売会社への出向社員は二二五名にも達している。そして会社においては出向人事決定の手続も配転の場合と同一の方法で行なっている。
債権者が昭和五〇年二月六日会社の従業員募集に応じて採用面接を受けた際、会社の人事担当者は債権者に対し、会社では販売会社を通して製品を販売する直販体制をとっており、全国に九つの販売会社があってその社員はすべて会社から出向派遣された者であること、会社の社員になれば、業務上の必要性などからこれらの販売会社へ出向派遣を命じられることがある旨の説明を行ない、債権者が採用された場合これらの転勤や出向に応じられるかどうかを尋ねた。これに対して債権者は今直ちに転勤しろといわれても無理だがそうでなければ東北・名古屋あたりなら行くことはできる旨を答えた。債権者は昭和五〇年二月二一日会社へ入社し国内営業部管理課アフターサービス係に配属され、製品の出荷業務、リールの修理業務を担当し、昭和五二年に管理課管理係に配転換えとなり、会社が主催する釣クラブの会員登録の事務などを担当していた。また債権者は昭和五〇年二月、三金労組ダイワ分会へ加入し、同年四月から職場連絡委員となり、同年六月から青年婦人部長、三金労組本部の青年婦人文化連絡会議分会代表委員を勤め、学習会、各種催し物の企画や機関紙の発行、労音の活動などを行なっていた。そして債権者には現在、結婚を前提に交際している女性がおり、同人が母親との二人暮しをしているため将来債権者が右女性と結婚した場合は、その母親を引き取り一緒に生活することも十分に考慮せざるをえない事情にある。
北越ダイワ本社の従業員は総務経理関係三名、営業関係四名、業務関係二名の計九名であるが、北越ダイワでは年々の販売高の増大に伴い現人員では業務処理に支障をきたすようになり、アフターサービス担当者が内務業務に時間を取られ、本来のアフターサービス業務が円滑に遂行されていない現状から、従前より会社に対し、アフターサービス業務を主体とした内務業務の補助者一名の派遣を再三要請していた。これに対し会社では当初北越ダイワ内部での合理化で処理するよう回答していたが、昭和五三年二月一日の定期異動において増員を行なうことを決定し、人選を行なったが、現在アフターサービス業務を担当している部門は要員補充の必要性に迫られているほどで、適任者を選ぶことができず、国内営業部全体の中から職務経験等に照らし債権者を出向させることに内定した。そこで会社の大楽管理課長らは昭和五三年一月二三日債権者に対し、「北越ダイワへ二月一日付で出向してもらいたい。同社には同日から二週間以内に赴任してもらいたい」との出向の内示をしたが、債権者は少し考えさせて欲しいと述べてその場では即答しなかった。これに対し債権者は一月二五日に至り、北越ダイワへの出向は遠隔地で組合員が一名も存しないことから組合活動が実質的にほとんど不可能になること、結婚を前提として交際中の女性が東京におり、同女は保母として働いているし、結婚後は同女の母を引き取って一緒に生活しようと思っている債権者の賃金だけでは三人が生活することは著しく困難であるため共稼ぎをしなければならないのに、同女の富山における再就職は極めて困難であること、遠隔地への出向は上京後七年間にわたる東京での生活で築きあげた親しい友人等の人間関係に影響を及ぼすこと等を理由に本件出向には応じられないから会社において再考されたい旨申し入れた。しかし会社は債権者の理由は再考に値しないとしてたび重なる双方の話し合いも平行線をたどった。そして会社は同年二月一日予定通り債権者に対し北越ダイワへ出向を命ずるとの発令をなし、数回にわたり出向に応じるよう債権者を説得したが、同人は「何故私でなければいけないのですか」「出向期間の確約のない配転は応じられない」などとこれに応ずる態度をみせず、赴任期限の二月一四日を過ぎても赴任せず、その後の会社側の説得にもかかわらず、翻意しなかった。ここに至って会社はもはや債権者に翻意の可能性がないものとみて同月二八日債権者に対し、業務への協力姿勢に欠け、従業員として不適格であることを理由に就業規則第一六条第四号により解雇を申し渡した。会社ではその後北越ダイワに対する昭和五三年度の増員を断念し、北越ダイワでは当分の間、国内営業部の応援により現体制で営業していくこととなった。
ちなみに、会社の就業規則には、第一六条に(1)精神又は身体の障害により就業不適当と認められる場合、(2)天災地変その他やむを得ない理由により事業の経営不可能の場合、(3)勤務成績又は能率が不良で就業に適しないと認められた場合、(4)その他前各号に準ずるやむを得ない事由がある場合、には従業員を解雇することができる旨の規定があるが、従業員の出向義務、出向期間その他会社に復帰する条件、出向先における労働条件、出向対象者、選任方法等についての明文の規定はない。
以上のとおり、一応認めることができる。
なお債務者は会社の出向命令に従業員が従うのは会社における確立された労使慣行である旨主張するところ、確かに前記認定のとおり多数の従業員が会社の出向命令に従って来ている事実は認められるが、本件疎明資料によれば、会社の出向命令に対し債権者以外の従業員の中にも異議をとどめていた者も存在し、三金労組も会社に対し再三にわたり配転、出向に関する事前協議制と出向に関する同意約款の締結を申し入れている現状であり、また会社と販売会社との間の出向契約書用紙によれば、出向期間は原則として三ヵ年とするとなっているものの、但し書きにおいて必要ある場合は本人の意見を求めた上更新することができると規定されている。そして実際に何年で出向が解除される慣行にあるかについてはこれを確定するに足りる疎明はない。右のような事情からすれば、多数の従業員が出向しているという事実から直ちに会社がその一方的命令により出向を実施し、従業員は異議なくこれに従うべきであるとの確立された労使慣行を推認することはできず、他にこのような労使慣行の存在を肯認するに足りる疎明はない。
(二) いわゆる出向と称せられる社会現象は、企業の合理化系列化にともない重要性を増してきた労働問題で、出向とは必ずしも法律的に熟した概念とはいえないが、出向をもって一概に使用者の権利を第三者に譲渡するものとし、常に従業員の個別的同意を必要とするものと解することは、出向の実態にそわないもので妥当ではなく、出向元会社と出向先会社との関係、出向後の労働条件の保障いかんによっては、従業員の出向義務を肯認すべき場合があるものといわなければならないであろう。しかし他面において、就業規則、労働協約ないし確立した労働慣行等により出向の法律関係が明確にされていない状態のもとにおいては、出向が従業員の身分関係を不安定にし、労働条件に不利益を招くおそれのあることも否定できないのであって、出向をもって企業内部での配転と同一視できないことも明らかである。要するに、出向問題を扱うには、企業の要求と従業員の立場を公平に尊重する必要があるものというべく、出向命令違反による解雇の効力を判断するに当たっては、就業規則、労働協約、確立した労働慣行のうえで出向による従業員の身分関係、労働条件が十分に保障されているか否かを確認し、そのうえで企業の業務上の必要性と従業員の出向拒否理由の相当性を比較検討すべきものと考える。
そこで本件につき前記認定の事実に照らして検討するに、会社と北越ダイワとの間には資金上、営業上密接な関係があり、人事面においても会社から北越ダイワに対する出向に依存している面が多分にあること、出向者が会社の従業員としての身分を失わないいわゆる休職出向であり、北越ダイワの就業規則の内容が会社の就業規則の内容と同一であって、出向者の給料が会社の基準にもとづいて北越ダイワより支給されていることは前記のとおりであっても、右の事実によって直ちに出向者の従来の身分関係、労働条件が出向後も保障されているものとはいい難く、却って就業規則、労働協約ないし確立した労働慣行によるも、また本件出向命令自体においても、出向期間その他出向者が会社に復帰する条件並びに復帰した場合の待遇等についてなんら明らかにされていないことを考えれば、本件出向により債権者の今後の身分関係、労働条件に不測の不利益を招くおそれがあることは到底否定することができないといわざるを得ない。また就職に当っての会社の説明も、これにより会社の出向命令に応ずることが会社と債権者との間の労働契約の内容になったものと解することはできず、会社の就業規則第九条に休職事由の一として、会社の命により会社外の業務に従事するとき、との規定のあることが疎明されているが、右規定も従業員の出向義務を定めたものと解されず、他に就業規則、労働協約、確立された労働慣行により従業員の出向義務が定められていることの疎明がないことなどを綜合すれば、本件において出向命令が会社の人事権の範囲内にあるとの会社の主張はたやすく採用することができないものというべきである。更に、本件疎明資料に照らし、本件出向が会社の業務上不可避のものであったとは認められず、債権者の出向拒否の理由がその個人的事情にもとづくものであるとはいえ、これを無視することはできないこと並びに債権者の従来の勤務成績が不良で会社に不協力であったことの疎明がないことから判断すれば、債権者が本件出向命令に応じなかったことをもって、直ちに従業員として不適格であるとし、就業規則第一六条第四号の解雇事由に該当すると認めることはできない。従って、本件解雇処分は就業規則の右規定の解釈ないし適用を誤った無効のものというべきであるから、債権者の不当労働行為の主張につき判断するまでもなく、債権者が現に会社の従業員たる地位を有するとの債権者の主張は一応理由があるものと認めることができる。
三、会社が本件解雇処分後債権者の就労を拒否し、賃金を支払わないこと、本件解雇の意思表示前の三ヶ月間の債権者の平均賃金は一ヵ月金一〇万四九七九円であり、それが毎月二八日に支払われる約になっていたことは当事者間に争いがない。また本件疎明資料によれば、債権者は昭和四六年四月秋田県の工業高校を卒業後直ちに上京して以来現在まで賃金収入で生計を立てており、別段の資産もないことが一応認められるから、このまま放置していては債権者が回復し難い損害を蒙ることは明らかであり、本案判決確定に至るまで、債権者が会社の従業員としての地位を有することを仮に定め、かつ会社に対し債権者の賃金の範囲内において仮払金の支払いを命ずる必要性があるものということができる。
四、以上の次第で債権者の本件仮処分申請は理由があるので、保証を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 後藤文彦 裁判官 鈴木健嗣朗 小磯武男)